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凄い通信講座 簿記

バランスシート不況はまだ脱却できていないが、デフレ(ここで言うデフレとは物価の下落であり、総需要の不足という意味ではない)脱出の兆しは見えてきた。 私は以前から、行きつけの立ち食い蕎麦屋のイカ天蕎麦の値段が上がったら、「日本のデフレは終わった」と宣言すると、周りに話してきたが、O8年3月に11年ぶりにこの蕎麦の値段が310円から33O円に上がったのである。
この店は東京の下町を中心に、立ち食い蕎麦屋を展開しているチェーン店だが、私がこの店を一つのメルクマールにしていたのは、味がよいだけでなく、たいへんな経営努力をしているからである。 例えば、大きく良質なイカをE価に仕入れるルートを確立すると、価格を据え置いたままイカだけを大きくするし(実質的な値下げて薬味のネギは入れ放題にするなど、その経営努力は半端ではない。
しかも毎回ちゃんと茄でたての蕎麦を出しており、多くの立ち食い蕎麦屋が蕎麦を温めて出すのとは大違いである。 また、多くの企業が一律に値上げをしているのに、この店は実際に原価が上がった蕎麦は上げているが、イカのように原価が上がっていないものは値上げしていない。
そのような店がとうとう値上げに踏み切ったということは、企業の経営努力で吸収できる以上のインフレが発生していることの証しであり、日本もようやくデフレの時代を脱出しつつあると言えるだろう。 ところで内外の経済学界には一時期、とにかく日本の問題はデフレ(H物価の下落)であってデフレさえ克服できれば日本は不況から脱却できるという恐ろしくE易な発想が蔓延していた。
そのなかにはクルIグマン教授のように円Eにして貿易財の価格を上げる輸入インフレ政策を言い出したものも少なくない。 いま我々はその輸入インフレに直面しているが、それで景気が良くなる気配はまったくない。

それは当然のことで、輸入インフレは海外への所得移転であり、その分日本が貧乏になっていくだけだからだ。 輸入インフレはまったく百害あって一利なしなのである。
ところで、インフレターゲットを推していた日本の論者の一人である田中秀臣氏から、私のバランスシート不況論に対して下記のような反論が寄せられた。 反論を読んで不思議だったのは、バランスシートの資産側についても負債側についても、名目値の動向のみに関心を抱いているように思えることだ。
これは名目ではなく実質化した数値で見ておかないと、投資の抑制や借金の返済などの過程において、貨幣錯覚などが生じる可能性を排除できなくなる。 つまり、インフレが起これば、資産価値は名目では増加していても実際には減少しているだろうし、デフレでは逆のケースになる。
バランスシートを考慮した経済モデルでは、この名目値と実質値の区別が非常に重要になる。 議論では、単に名目資産・負債の変化が総需要の減少を招くとしてしまっており、実質化への配慮が皆無である。
言い換えると、実質債務と実質負債をもとに議論しない限り、バランスシート不況の意義は単なる貨幣錯覚によるものになってしまう。 こうなると、理論は本人の意図とは異なった結論に至ることになる。
実際に多くの経済学者が(インフレを調整した)実質値の話をするが、彼らが理解していないのは、企業の負債は名目値で決まっており、企業が保有する資産の価値がバブル崩壊で負債値を下回ると、その企業はれっきとした債務超過になってしまうという点である。 この債務超過の状態をインフレ率で割ってもかけてもその企業が債務超過であることにはまったく変わりがない。
いざその事態が外部に知れるとその企業は銀行取引を停止されたり、現金決裁を要求されたりして大変なことになる。 実際に彼の文章を読んでいて気になるのは、彼らが債務超過に陥った企業の経営がいかに難しいものになるかということをまったく理解していないように見える点である。
最近の大学で教えている経済学に債務超過や倒産の話があまり出てこないからと言って、現実にそのような事態が起きないということにはならない。 言い換えれば、これまでの経済学がバランスシート不況を想定できなかったのは、資産価格の急落で企業が債務超過に陥るという事態が彼らのモデルのなかで想定されていなかったからだとも言えるのである。
以前、企業が過剰債務を圧縮しようと借金返済に汲々として巨大なデフレギャップが発生していた時期、政府がどうやってこの穴を埋め、お金を回すかという具体的方策について、私は極力発言を控えてきた。 テレビに出演して、司会者から「政府は何にお金を使ったらいいのか」と聞かれた時も、「何でもいい。

空港でも防空壕でもいいし、必要ならば穴を掘ってそれを埋めてもいい」と答えてきた。 なぜならば、あの時期は政府が民間の過剰貯蓄を借りて使って所得循環に戻すことが重要であって、何に使うかはさほど重要ではなかったからである。
私があの時に懸念したのは、何に使うかというミクロの議論に翫ってしまうと、「あまりいいプロジェクトがないから無駄づかいはやめよう」ということになって、マクロの政府支出の重要性が見失われかねなかったからである。 というのも、もし当時、政府がお金を使わなければ、日本経済は民間の過剰貯蓄というマクロの要因で崩壊する危険性に直面していたのである。
特に当時は企業の借金返済額が年間3O兆円にも及び、それを減税で相殺しようとすればその何倍もの財政赤字を覚悟しなければならなかった。 だからこそ当時は公共事業での対応が不可欠だったのである。
民聞がお金を借りて使うようになるまで、政府はずっと財政赤字を出し続けなければならないからだ。 言い換えれば、いま必要な政策は、企業がお金を借りたくなるような環境づくりに資する政策である。
まず、企業がまだお金を借りに来ない現状では、政府は財政出動で足元の景気を下支えしなければいけない。 マクロ経済がガタガタになれば、どんなに投資環境の改善を目指した減税や規制緩和をやっても、企業がお金まで借りて設備投資をする可能性は激減してしまうからだ。
したがって、ある程度の景気下支え策は必要である。 ただ何にお金を使うかは、第5章で触れるグローパリゼーションの大波がすでに日本経済に襲いかかっているなかで、それを乗り越えるのに資する案件に絞るべきだろう。
つまり単に「公共事業」ということだけではなく、その事業が日本の国際競争力の拡大に不可欠かどうかを吟味して選択するということである。 そのなかには国民の語学力向上に大きな予算をつけるということも考慮されるべきだろう。

その上で、企業がお金を使いたくなるような環境を積極的につくっていくべきである。 というのも、繰り返しになるが、我々がいま直面している問題の根底にあるのは企業の借金拒絶症だからである。
十数年間、借金返済に追われた企業経営者は2度とお金を借りたくなくなるものだから、なんらかのかたちで彼らにそのトラウマを乗り越えてもらわなければいけない。 が半分ということは収入も半分になっているということであり、当時、その環境下で借金の返済を強いられたアメリカ人は、その苦しさからその後死ぬまでお金を借りようとしなかったと言われる。
日本のダメージはそこまで大きくない。

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